新潟県弁護士会

声明・意見書

2018年05月23日|声明・意見書

憲法9条改正議論について、日本国憲法の基本原理を堅持する立場から問題を明らかにしていく決意を表明する総会決議

はじめに
 自由民主党が主導する形で、憲法9条の改正に向けた議論が進められている。
 自由民主党の憲法改正推進本部がとりまとめた案は、現在の憲法9条1項・2項
を残しつつ、新たに憲法9条の2を設け、そこに「我が国の平和と独立を守り、国
及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げない」と規定し、
もって「自衛の措置」をとるための実力組織として「自衛隊」を憲法上明記する案
(以下「自衛隊明記案」という。)である。
 自衛隊明記案は、以下に述べる通り、日本国憲法が採用する恒久平和主義や立憲
主義などの基本原理に照らし、大きな問題を抱えている。

恒久平和主義に照らした問題
 日本国憲法は、全世界の国民が平和的生存権を有することを確認するとともに(前
文)、武力による威嚇又は武力の行使を禁止し(9条1項)、戦力を保持せず、交戦
権も否認する(同条2項)という徹底した恒久平和主義を採用している。
 そこには、「戦争は最大の人権侵害である」という基本認識に基づき、軍事によら
ず「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」国民の生存と安全を保持しようと
する決意が込められている。   
 しかしながら、すでに自衛隊は、世界有数の人員と装備を備え、米軍その他の国の
軍隊と共同訓練を行うなど、軍事的な能力を備えた実力組織となっている。のみなら
ず、先の安保法制の成立によって、存立危機事態における集団的自衛権の行使が可能
となり、「我が国の防衛」のみならず海外における活動も任務とされるなど、その任
務や権限はかつてなく大きく広がった。
 このような変容を遂げた自衛隊を、そのまま追認する形で憲法に書き込むのであれ
ば、これまでわが国が取ってきた専守防衛政策に根本的な変容がもたらされるおそれ
が大きい。
 しかも、自衛隊明記案は、任務、権限、組織あるいは装備等について明確な限定も
ないまま、「『必要な自衛の措置』をとることを妨げない」という抽象的な文言で自
衛隊を憲法に位置づけようとするものである。もし、このような憲法改正が行われれ
ば、いわゆるフルスペックの(制約のない)集団的自衛権の行使へ道を開くことになり
かねない。そうなれば、もはや、軍事によらずに国民の生存と安全を保持しようとい
う、日本国憲法の掲げる平和主義の理想と決意を完全に放棄するに等しい。

立憲主義に照らした問題  
 近代以降の憲法は、個人の人権を守るために国家権力に縛りをかけるという立憲主
義の考え方に基づいてつくられている。とりわけ、最強の実力組織である軍隊の暴走
をいかにして防ぐかということは、立憲主義における核心的な課題である。日本国憲
法は、戦前、軍部の暴走を防げずに国内外で多くの尊い命を失い、また奪うこととな
ってしまったことへの痛苦の反省から、「戦力」を保持しないという究極的な形で、
この課題を実現する途を選んだ。
 憲法9条は、自衛隊が創設されて以降、現実政治との間で深刻な緊張関係を強いら
れながらも、自衛隊の任務、権限、組織あるいは装備等に対して大きな制約を及ぼし、
憲法規範として有効かつ現実的に機能してきた。これは、自衛隊に憲法上の根拠がな
く、かつ9条2項により「戦力」にあたってはならないという限界が画されていたか
らである。
 しかし、自衛隊が憲法に明記されれば、自衛隊に憲法上の正当性が付与されること
となる。また、たとえ9条2項が残されても、自衛隊は同項の「戦力」にはあたらな
いか、例外的に許される「戦力」とされることとなり、結果として、9条の自衛隊に
対する統制機能は失われることが懸念される。
 しかも、自衛隊明記案は、「前条の規定は(中略)妨げず」とされており、新設さ
れる9条の2が、9条の禁止規定の例外に位置づけられることが条文構造上も明らか
となっている。このような規定の仕方では、憲法9条の自衛隊に対する統制機能が失
われることは確実である。また、自衛隊の行動は「国会の承認その他の統制に服する」
としつつ、その具体的内容は「法律で定める」とされている。これでは実効性ある統
制が確保されることはおよそ期待できない。

国民投票を行ううえで要請されること
 いかなる憲法改正案であっても国民主権の観点から国民投票で決すればよいとの声
もあるが、憲法改正の国民投票では、主権者である国民に判断を仰ぐ以上、判断の前
提となる情報が正しく伝えられなければならない。
 こうした点からすると、政府によって、自衛隊を憲法に書き込んでもこれまでと何
も変わらない、との誤った説明がなされているのは、重大な問題である。上述した通
り、安保法制によって自衛隊の任務や権限は大きく広がっており、組織や装備も変わ
りつつあるから、まずはそのことが国民に正しく伝えられるべきである。また、その
ように大きな変容を遂げつつある自衛隊が憲法に明記されれば、専守防衛政策に根本
的な変容がもたらされるおそれが大きく、自衛隊に憲法上の正当性が付与されること
で憲法の統制が及ばなくなる可能性が高い。「何も変わらない」のではなく、「大き
く変わりうる」ことが正しく伝えられる必要がある。
 さらに、憲法改正手続法には、有料広告に対する規制がないため資金力の差が投票
結果を左右しかねないといった問題や、最低投票率の規定がないため全有権者のうち
少数の賛成しか得られなくても改正がなされる可能性があるといった問題が存する。
これらの問題については、参議院の付帯決議でも「本法施行までに必要な検討を加え
る」とされているが、今日までこのような検討はなされていない。

おわりに 
 当会はこれまで、憲法の恒久平和主義や立憲主義に関わる様々な立法提案に対して、
日本国憲法の基本原理を堅持する立場から、数多くの決議や声明を発出してきた。
 今般の憲法9条改正議論についても、同様の立場から問題点を解明し、市民にわか
りやすい形で発信していく決意を表明する。

2018年(平成30年)5月18日
新潟県弁護士会定期総会

決議理由

第1 はじめに

 自民党憲法改正推進本部は、本年3月、①自衛隊(9条)、②緊急事態条項、
③合区解消・地方公共団体、④教育充実という4項目について憲法改正の方向
性を示し、「条文イメージ(たたき台素案)」を決定した。同月25日に開
催された自民党大会では、その方向性で国民的な議論を深めることが表明さ
れた。
 4項目のうち、「自衛隊」(9条)に関する憲法改正の「条文イメージ
(たたき台素案)」は、以下のとおりである。

 「第9条の2 前条の規定は、わが国の平和と独立を守り、国及び国民の
   安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための
   実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総
   理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
  2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の
   統制に服する。」(以下「自衛隊明記案」という。)

 憲法9条の改正をめぐっては、いかなる方法により平和を実現し、自衛隊
の活動を統制するのかという課題が問われることになる。それは、日本国憲
法の基本原理である恒久平和主義や立憲主義と深く関わる、極めて重要な問
題である。
 そこで、当会は、本決議において、恒久平和主義と立憲主義を堅持する立
場から、自衛隊明記案の問題を明らかにする。

第2 平和主義に照らした問題

1 日本国憲法の平和主義の内容とそれが採用された背景
(1)最も徹底した平和主義
  日本国憲法は、全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有することを
 確認するとともに(前文)、武力不行使(9条1項)、戦力不保持、及び交
 戦権否認(9条2項)を定めたところに特徴があり、世界の平和主義の系譜
 において最も徹底した平和主義を採用している。
(2)最も徹底した平和主義が採用された背景
  このように徹底した平和主義が採用された背景には、戦前の歴史に対する
 痛切な反省と、そこからくみ取った教訓がある。
  わが国は、戦前、軍部の暴走を抑えきれずに無謀な戦争へと突き進んだ結
 果、アジアで2000万人もの多くの命を奪うこととなってしまった。この
 戦争による日本人の犠牲者数も、310万人にのぼるとされている。こうし
 た歴史から、「戦争は最大の人権侵害である」という基本認識が共有される
 こととなった。
  とりわけ、広島と長崎に原爆が投下され、あわせて20万人以上もの命が
 奪われたことは、決定的であった。このことによって、文明が戦争を滅ぼさ
 なければ、戦争が文明を滅ぼしてしまう(1946年(昭和21年)8月2
 7日貴族院本会議における幣原喜重郎国務大臣の答弁)との危機的な認識が
 うまれた。
   このため、軍事によらず、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し
 て」国民の安全と生存を保持しようとの決意(前文)がなされることとなっ
 たのである。
2 憲法9条に関する政府解釈の変遷
  憲法9条の解釈をめぐって、日本国憲法制定当時から今日に至るまで、自
 衛権の有無、及び憲法上許された自衛権行使の範囲が、争点とされてきた。
 そして、その点に関する日本政府の見解は、次のとおり変遷してきた。
(1)憲法制定当時の徹底平和主義
  日本国憲法が制定された1946(昭和21)年当時、日本政府は、日本
 国憲法の下では、自衛戦争も含めて一切の戦争を放棄したと説明していた(
 徹底平和主義)。
  この徹底した平和主義の下、個別的自衛権及び集団的自衛権は、いずれも
 憲法上行使できないと解釈されていた。
(2)自衛隊創設後の専守防衛型平和主義   
  1954(昭和29)年に自衛隊が創設されて以降は、平和的生存権(前
 文)や幸福追求権(13条)を根拠として、「自国の平和と安全を維持しそ
 の存立を全うするために必要な自衛の措置」をとることまでは禁じられない
 とし、自衛のための必要最小限度の実力組織である自衛隊は「戦力」に該当
 しないと説明するようになった。
  ここでいう「自衛の措置」の範囲は、国際法上は個別的自衛権と称されて
 いるが、①わが国に対する武力攻撃が発生した場合、②それを排除するのに適
 当な手段がないときに、③それを排除するために必要最小限度に限定して認
 められるものとされた。
  このため、他国に対する武力攻撃への反撃を内容とするいわゆる集団的自
 衛権の行使は、上記①の要件を欠くため許されないとされた(以下「昭和4
 7年見解」という。)。
  すなわち、憲法上許される自衛権の行使の範囲は、必要最小限度の個別的
 自衛権行使に限定されるのであり、日本国憲法の平和主義の内容もそのよう
 に解釈されていた(専守防衛型平和主義)。
(3)2014年閣議決定後の存立危機事態型平和主義
  2014(平成26)年7月1日の閣議決定により、昭和47年見解が次
 のように改められた。
  すなわち、わが国に対する直接の武力攻撃が発生した場合のみならず、わ
 が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国
 の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆され
 る明白な危険がある場合(存立危機事態)において,他に適当な手段がない
 ときに、必要最小限度の実力を行使することは許されるとの見解である(以
 下「7.1閣議決定」という。)。
  2015(平成27)年には安保法制が採決され、自衛隊に存立危機事態
 における武力行使権限など新たな任務・権限が認められることとなった。
  7.1閣議決定及び安保法制によれば、憲法上許される自衛権の行使の範
 囲は、存立危機事態における集団的自衛権行使まで含まれるのであり、日本
 国憲法の平和主義の内容もそのように解釈されるに至っている(存立危機事
 態型平和主義)。
  なお、当会は,これまでに、7.1閣議決定や安保法制について、恒久平
 和主義及び立憲主義に反するものであることを指摘し、これに反対する内容
 の総会決議や会長声明を発出してきており、その立場は現在においても変わ
 りはない。

3 自衛隊の実情
(1)軍事的能力を有する実力組織
  自衛隊は,現在,22万5000人の常備自衛官、戦車・護衛艦・戦闘機
 など、世界有数の人員と装備を備えている。また、自衛隊は、日米安保条約
 の下で、米軍その他の国の軍隊と共同訓練を行っている。
  政府は、自衛隊の英語表記について”Self-Defense Forces”との訳語を採
 用しているが、これを直訳すれば「自衛軍」となる。また、政府は、質問趣
 意書に対する平成14年12月6日付答弁書において、自衛隊がジュネーブ
 条約上の「軍隊」にあたるとしている。
  これらのことに照らせば、自衛隊が軍事的な能力を有する実力組織である
 ことは明らかである。
(2)安保法制によって大きく変わった自衛隊
  安保法制によって、自衛隊の任務や権限は大きく広がった。それに伴い、
 組織や装備も大きく変容を遂げつつある。
 ① 任務・権限
   前述したとおり、安保法制によって、存立危機事態における集団的自衛
  権の行使が可能とされた。小野寺防衛大臣は、北朝鮮のミサイルが日本の
  上空を通過しグアムを攻撃する場合も存立危機事態にあたりうると国会で
  答弁している。
   また、安保法制によって、従前は個別に特別措置法を制定して行ってい
  た後方支援を「恒久的に」行うことが可能となった。戦闘地域での活動、
  他国軍隊への弾薬の提供、発進準備中の他国軍戦闘機への給油など、従来
  は他国の武力行使と一体化してしまうためにできないとされていたことも
  行えるようになった。
   さらに、自衛隊の任務に、駆けつけ警護や治安維持活動が加わった。そ
  して、隊員には、これらの任務遂行に必要な限りで武器を使用する権限が
  認められた。
 ② 組織
   本年3月、陸上自衛隊内に「陸上総隊」が新設された。陸上総隊の司令
  官は、海上自衛隊における「自衛艦隊司令官」や,航空自衛隊における「
  航空総隊司令官」に相当するものであり、防衛大臣の指揮監督下で、全国
  の陸自部隊を一元的に運用する。この組織改編によって、陸海空の3自衛
  隊の統合的な運用が可能になり、米軍との連携もこれまでより容易かつ迅
  速に行える様になった。
   また、陸上自衛隊内に、新たに「水陸機動団」が編成された。これは離
  島防衛を主たる任務とする特殊部隊であり、「日本版海兵隊」とも呼ばれ
  ている。
 ③ 装備
   ヘリコプター搭載型護衛艦の「いずも」を空母に改修して、短距離離陸
  ・垂直着陸型ステルス戦闘機F35Bを搭載することが検討されている。
  また、長距離巡航ミサイルの導入のための費用も本年度予算に計上された。
   こうした装備変更の動きに対しては、「いわゆる攻撃的兵器を保有する
  ことは、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため
  いかなる場合にも許されない」という政府見解と整合しないのではないか
  との疑問も呈されている。   

4 自衛隊を憲法に明記することの問題点
(1)積み重ねられてきた政府解釈がご破算になる
  憲法9条2項は、「戦力」の保持を禁止しているため、自衛隊は発足後今
 日に至るまで、一貫して、「戦力」にあたってはならないという制約を受け
 続けてきた。上記2で述べたような政府解釈が積み重ねられてきたのも、自
 衛隊が「戦力」にあたらないことを説明するためである。
  しかし、自衛隊が憲法に書き込まれれば、後法は前法を破るという法原則
 から、自衛隊は9条2項の「戦力」にはあたらないか、「戦力」の例外とし
 て許容されることとなろう。そうなれば、自衛隊が「戦力」にあたらないこ
 とを説明する必要はなくなり、積み重ねられてきた従来の政府解釈もご破算
 となる。
(2)安保法制で大きく変わった自衛隊が憲法に明記されることによる影響
  そして、憲法に書き込まれるのは、上記3で述べたように、安保法制によ
 って大きく変わった自衛隊である。
  安保法制の制定とそれに伴う組織や装備の変更によって、専守防衛政策か
 らの逸脱が見られるとの指摘がなされている。そうした自衛隊が憲法に書き
 込まれれば、その流れがより一層加速し,専守防衛政策に根本的な変容をも
 たらしかねない。 

5 自衛隊明記案の問題点~制約のない集団的自衛権行使の可能性
  自衛隊明記案は、「必要な自衛の措置』をとるための実力組織として自衛
 隊を憲法に位置づけるものである。自衛隊の任務や権限を限定するような規
 定はないことから、このような憲法改正がなされた後は,自衛隊の活動が「
 必要な自衛の措置」の範囲であるか否かだけが問題とされることになる。
  しかし、「必要な自衛の措置」というのは極めて抽象的な文言であるから、
 政府は、憲法上の制約を受けることなく、政策判断によって、「必要な自衛
 の措置」の内容を定めることが可能となる。 
  政府及び国会が自衛のために必要と判断すれば、存立危機事態以外でも、
 集団的自衛権を行使することもできる。これは安保法制における「限定され
 た集団的自衛権」の範囲を超えた、いわゆるフルスペックの(制約のない)集
 団的自衛権である。
  そうなれば、もはや、軍事によらずに国民の安全と生存を保持しようとい
 う、日本国憲法の掲げる平和主義の理想と決意を完全に放棄するに等しい。

第3 立憲主義に照らした問題

1 立憲主義の課題と日本国憲法の選択
  立憲主義の概念は多義的であるが,個人の人権を守るために憲法によって
 権力を統制するというのが、近代立憲主義の基本である。日本国憲法の根本
 にある立憲主義は、近代立憲主義の考え方を継承し発展させた、「個人の尊
 重」と「法の支配」原理を中核とする理念であり、国民主権、基本的人権の
 尊重、恒久平和主義などの基本原理を支えている。
  とりわけ、最強の実力組織である軍隊の暴走をいかにして防ぐかというこ
 とは、立憲主義における核心的な課題である。強力な実力組織である軍隊の
 統制が失われて、その権限が濫用されると、きわめて重大な人権侵害が生じ
 かねないからである。日本国憲法は、戦前の歴史に対する痛苦の反省から、
 「戦力」を保持しないという究極的な形で、この課題を実現する途を選んだ。

2 自衛隊に対する統制の現状
(1)憲法9条による統制 
   憲法9条は、自衛隊創設後も、その任務や権限、あるいは組織や装備等
  に対し大きな制約を及ぼし、憲法規範として有効に機能してきた。
 ア 自衛隊の任務・権限・活動に対する制約
   自衛隊に対しては、その創設当初から、憲法9条2項によって「戦力」
  にあたってはならないという限界が画されてきた。
   このため、自衛隊は、自衛のための必要最小限度の実力組織とされ、専
  守防衛政策がとられてきた。
   集団的自衛権の行使や、海外派兵、それに「攻撃的兵器」の保有などが
  禁止されたのは、「戦力」の保持を禁止した憲法9条2項の下で、前述し
  たような政府解釈が積み重ねられてきたことによるものである。
 イ 安保法制に対しても及んでいる統制
   憲法9条の統制機能は、安保法制にも及んでいる。例えば、集団的自衛
  権の行使要件として、存立危機事態にあたることが要求されたのは、憲法
  9条の統制が機能していたからである。
   つまり、憲法9条の下では専守防衛政策を完全に放棄することができな
  かったために、わが国の安全とまったく関係がない戦争への関与を正面か
  ら認める制度をつくることもできなかったのである。
(2)文民統制の限界と問題
   自衛隊に対する統制としては、憲法9条によるものとは別に、文民統制
  (民主的統制、司法的統制、財政規律)があるが、これには以下に述べる
  ような限界と問題が存する。
 ア 文民統制とは
   文民統制(シビリアンコントロール)は、政治と軍事を分離し、軍事に
  対する政治の優越(文民優越)を確保すること、また、その政治が民主主
  義の原理に基づいていることを基本原則とする。武力を背景とした軍の政
  治介入を予防し、軍事支配から国民の権利を守るための原則である。
   しかし、民主的なプロセスを経て軍が台頭することがあることにも見ら
  れるように、文民統制には限界が存する。
 イ わが国における文民統制
   行政機関や国会による民主的統制については、もともと自衛隊を民主的
  に統制する制度が十全とは言えない上、特定秘密の保護に関する法律(秘
  密保護法)が軍事機密に関する情報開示を規制する機能を持ち得ることも
  あわせ考えると、十分な統制を果たすことは期待できない。
   裁判所による司法的統制については、いわゆる統治行為論により、司法
  判断が回避されることが繰り返されており、現状でも実効的な統制が及ん
  でいるとはいえない。
   憲法83条は、国の財政を処理する権限を国会に委ねているが、防衛費
  に対する制限規定を設けてはいないため、財政規律も不十分である。

3 自衛隊を憲法に書き込むことの問題
(1)自衛隊に憲法上の正当性が付与され、憲法9条の統制が及ばなくなること
  自衛隊が憲法に明記されると、自衛隊に対して憲法上の正当性が付与され、
 自衛隊に対する憲法9条の統制は及ばなくなる。
 ア 憲法上の正当性が付与される
   自衛隊が憲法に明記されれば、衆議院・参議院,最高裁判所、会計検査
  院などと並ぶ憲法上の組織として位置づけられることになる。
   それにより、自衛隊には憲法上の正当性が付与される。
 イ 憲法9条の統制が及ばなくなる
   前述したとおり、後法は前法を破るという法原則からすれば、9条の2
  は9条の例外として位置づけられ、自衛隊は9条2項の「戦力」にはあた
  らないか、「戦力」の例外として許容されることとなる。
   よって、たとえ9条2項が残されても、上記2で述べたような自衛隊に
  対する憲法9条の統制は及ばなくなる。
(2)憲法を改正して再軍備したドイツの歴史が物語ること
   このため、憲法に自衛隊を明記するのであれば、同時に自衛隊を統制す
  る規定を憲法に盛り込む必要がある。
   しかし、憲法を改正して再軍備を行ったドイツがその後に辿った経過は、
  憲法の規定をもってしても軍隊に対する統制を果たすことの難しさを物語
  っている。
 ア 再軍備時
   ドイツ(旧西ドイツ)は、1956(昭和31)年に憲法(ドイツ基本
  法)を改正して再軍備を行った。
   再軍備の目的は,「防衛のため」であるとされ、軍の活動範囲は、NA
  TOの域内に限るとされていた。
   また、軍に対する議会の統制や、軍事に関わる国民の基本権がきめ細か
  く規定されており、「世界でこれほど詳細にわたって憲法に規定してある
  例を知らない」と言われるほどであった。
 イ NATO域外への派兵
   ところが、1990年代以降、ボスニア・ヘルツェゴビナ上空での監視
  行動や、ソマリアPKOへの参加など、NATO域外への派兵が行われる
  ようになった。
 ウ 域外派兵合憲判決後
   1994(平成6)年にドイツ連邦憲法裁判所が、必要な議会の同意が
  あればNATO域外への派兵も合憲であるとの判決を下した以降は、19
  99(平成11)年にNATO軍のコソボ空爆に参加、2002(平成1
  4)年にはアフガニスタンISAFに参加するなど、域外派兵の流れがさ
  らに加速した。なお、地上戦も行われたアフガニスタンISAFでは、ド
  イツ軍に54人の犠牲者が出ることとなった。
(3)小括
  自衛隊を憲法に書き込めば,自衛隊に憲法上の正当性が付与されるととも
 に,憲法9条の統制が及ばなくなる。
  このため,自衛隊が暴走してしまわないようにするために,憲法に自衛隊
 を統制する規定を盛り込む必要がある。
  しかし,軍に対する詳細な統制規定を盛り込んで再軍備したドイツがNA
 TO域外派兵を繰り返すようになった経過に照らせば,現在憲法9条が果た
 しているのに匹敵するほどの強力な統制を及ぼす規定を設けることは容易で
 はない。

4 自衛隊明記案の問題点
  自衛隊明記案では、以下に述べるとおり、憲法上、自衛隊に対してコント
 ロールを及ぼしうるような規定は盛り込まれていないことから、立憲的統制
 を実現することはおよそ期待できない。
(1)憲法9条の例外としての位置づけが条文構造上も明らかであること
   「前条の規定は(中略)妨げず」とされており、新設される9条の2が、
  9条の禁止規定の例外に位置づけられることが条文構造上も明らかとなっ
  ている。
   このような形で自衛隊が憲法に明記されれば、自衛隊は9条2項の「戦
  力」にはあたらないか、「戦力」の例外として許容されることとなり、こ
  れまで自衛隊に及ぼされていた憲法の統制は及ばなくなる。
(2)統制が法律に委ねられていること
   また、自衛隊明記案は、自衛隊の行動は「国会の承認その他の統制に服
  する」としているが、その具体的内容については「法律で定める」とされ
  ている。自衛隊に対する憲法上の統制は設けられておらず、すべてが法律
  に委ねられている。

第4 国民投票を行う上で必要なこと

   憲法改正の国民投票では、主権者である国民に判断を仰ぐこととなる。
  そうであれば、判断の材料となる情報が主権者に正確に伝えられること,
  及び主権者の意思が適正に反映される制度となっていることが、最低限要
  求される。しかし、以下に述べるとおり、現状ではこの最低限の要求が満
  たされているとはいえない。

1 情報が正確に伝えられるべきこと
  判断する上で必要な情報が、国民に対して正確に伝えられていなければな
 らないにもかかわらず、この間、政府によって、自衛隊明記案について、自
 衛隊を憲法に書き込んでもこれまでと何も変わらないという誤った説明がな
 されているのは、重大な問題である。
  前述したとおり、安保法制によって自衛隊の任務や権限は大きく広がって
 おり、組織や装備も変わりつつあるから、まずはそのことを国民に伝えるべ
 きである。
  また、そのように大きな変容を遂げつつある自衛隊が憲法に明記されれば、
 平和主義の内実に大きな変化が生じうるし、自衛隊に憲法上の正当性が付与
 されることで憲法の統制が及ばなくなる可能性が高い。「何も変わらない」
 のではなく、「大きく変わりうる」ことが伝えられる必要がある。
2 主権者の意思が適正に反映されるべきこと~憲法改正手続法の問題 
  また、国民投票を実施するにあたっては、主権者の意思が適正に反映され
 る制度と運用が保障されなければならない。しかし、憲法改正手続法には、
 以下に述べるような問題が残されており、主権者の意思が適正に反映されな
 いおそれがある。
(1)有料広告規制の不備
   憲法改正手続法では,テレビやラジオ等を利用した有料の意見広告のう
  ち、「憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし、又はしないよう勧誘す
  る行為」(国民投票運動)の一環として行うものについては、国民投票の
  14日前まで、テレビ・ラジオ等で自由に表明することを認めている。ま
  た、単に、賛成・反対の意見を表明する有料意見広告については、何らの
  規制も設けておらず、国民投票の当日にも自由に行うことができるとされ
  ている。
   テレビ広告等は、世論に大きな影響を与えうるが、膨大な費用がかかる
  ことから、資金力のない者がこれを利用することは困難である。このため、
  イタリア、イギリス、フランスなどヨーロッパ諸国では、テレビのスポッ
  トCMを禁止したり、時間配分を均等にしたりする規制が設けられている。
   有料広告に対する規制がない現在の制度のままで国民投票を実施した場
  合には、資金力の差が投票結果を左右することになりかねず、主権者の意
  思がゆがめられてしまう懸念がある。
(2)最低投票率の規定がないこと
   また、憲法改正手続法には、最低投票率の規定がない。
   このため、例えば、国民投票の投票率が40%しかなければ、全有権者
  の5分の1をわずかに上回るだけの賛成票しか得られなくとも憲法改正が
  なされることとなる。しかし、これでは、憲法改正に対する全国民の意思
  が適正に反映されたとは評価できないであろう。
(3)予定されていた再検討が行われていないこと
   これらの問題点については、憲法改正手続法を成立させた際、参議院の
  付帯決議で「本法施行までに必要な検討を加える」とされていた。しかし、
  今日に至るまでそのような検討は行われていない。

第5 おわりに
   当会はこれまで、憲法の恒久平和主義や立憲主義に関わる様々な立法提
  案に対して、日本国憲法の基本原理を堅持する立場から、数多くの決議や
  声明を発出してきた。
   今般の憲法9条改正議論でも、同様の立場から問題点を解明し、市民に
  対してわかりやすく伝えていく決意を表明すべく、本決議を行う次第である。 
                                  以上

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〒951-8126
新潟県新潟市中央区学校町通1番町1番地
TEL.025-222-5533
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車:新潟駅から約10分。

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